第1章・第3回 平和の影に隠れた闇

渡邊 法廷では、本当に何もできないですし、本当の極限状態なんだ、と傍聴して思いました。被告人席に立ったら、まさに四面楚歌というか・・・。

高木 法廷の場でもそうですし、裁判以外の生活の場でも、まさにそうでした。保釈条件がすごく厳しくて、仕事もまともにできず、収入の道を完全に断たれていたわけですから。法廷でも外でも、何にもできなかったですね。

渡邊 どういうシステムなのかと思いますね。まだ有罪が確定してない被告人でしかない、一市民とその家族の生活を破壊するなんて。

高木 支える会の皆さんのご協力があったから、そもそも裁判が続けられたわけで、普通は弁護士費用なんか出せないと思います。

渡邊 保釈金だってそうですよね。だから皆、裁判で闘うことがかなわず、泣き寝入りして、我慢するしかない。

高木 皆さんは、夫の闘う姿勢や態度に共感されて、ずっと夫を支えてくださってきたわけですが、もし夫の信念が途中で折れていたりしたら、皆さんの「支えよう」という気持ちやモチベーションが持たなかったと思います。

渡邊 この裁判を闘っていく中で、高木先生が一番冷静で、お元気で、周りの人間の病気を治したりしてらっしゃった(笑)。僕らは、法廷で大汗かいて、血眼になって、緊張してましたけど、先生はいつも涼やかな顔で・・・。

高木 私が一番すごいな、さすがだなと思ったのは、判決が出た後です。第一審の判決(実刑四年半、執行猶予なし)が出た後は、精神的にボロボロになって、さすがの夫も落ち込むんじゃないかと思ってたんですけど、全然、普段と変わらなかったんですよ。むしろ、判決の後の方が、逆に肝が据わるっていうか、落ち着いてて、本当にびっくりしました。

渡邊 判決が言い渡される瞬間、僕もみてましたけど、冒頭でいきなり、刑期を言ったんです。最後に言うんじゃないかと思ってたんですが、いきなりきたんで、僕らは呆然として、「え? 夢じゃないのか・・・?」と・・・。でも、先生は平然としていらっしゃいました。
 裁判が終わり、法廷を出られる前に、我々の方に向かって、当時使っていた「我らは、歓喜と感謝に満たされる!!!」という合言葉(注1)を、本当に気合のこもった声でおっしゃったんです。一切、声にひるみがなかったです。あれを聴いた瞬間に、「ああ、先生、すごいな」と。僕らは、何とも言えない気持ちでお応えしました。

高木 そこが龍宮道(ヒーリング・アーツ)のすごさですね。

渡邊 裁判が進んでいくたびに、そのすごさが増してくる。自分自身の確信も強くなる。我々自身の信念も強くなっていく。先生のすごさを観るたびに、我々自身もまた、道に対する想いっていうのを深めてきたんじゃないかと思っています。だから誰も、何があっても、先生のもとを離れなかったんじゃないかと。むしろ、裁判を通じて、絆というか、つながりが深まっていったのは、間違いないですね。我々自身の能力も発揮されてきて、多少なりとも成長できたんじゃないかと思っています。

高木 日本という国で普通に生活してたら、・・・ただ家族と一緒に暮らして、仕事して、っていう、その繰り返しの人生を送っていたら、信念とか、信頼とか、絆とか、そういうことを本気で人生の中で感じることってすごく少ないと思うんです。
 そんな中で、今回の裁判を巡る一連の経験っていうのは、ものすごい試練ではあるけれども、人間として成長するための滅多にない機会でもあったと思います。

渡邊 それはもう、間違いないですね。こういう経験がなければ、社会に対する問題意識も生まれなかったです。
 ヒーリング・アーツに示されるような、人の可能性とか、人間そのものに秘められた力とか、そういったものをずっと探求してきたわけですけど、それは「一人の人間の中での探求」という、個人的なものでした。
 この事件をきっかけに、たくさんの人間で構成されている「社会」っていうものに対して、目が向き始めました。

高木 夫の逮捕以前、ヒーリング・ネットワークでヒーリング・アーツを探求してきた時期は、わりと個人の中での可能性、健康といった、あくまで「個人」で完結してた部分がありますね。それが夫の事件以降、龍宮道へと至る過程で、個人からより大きな社会、国家といったものへ、まず私たち自身の関心が向いていきました。

渡邊 つまり今まで、どんなに人間のことを探求してきても、観(み)えてなかったものがあるわけです。実際、えん罪とか、司法の問題で苦しんでいる人たちがいるんですよね。でもそういった人たちのことを、我々はまったく知らなかったわけです。
 観えてなかったものが、急に観えてきた、つまり今までヒーリング・アーツを通じて人間一人の中にあるブロックとか、病を浄化する道を歩んできたのですが、今度は社会の中にある病巣とか、ブロックとか、そういったものが表われてきて、それに向かい合うことになったんです。
 一個人の問題が、社会という大きなものへとつながってきたわけです。
 今までやってきたこと、・・・例えば、ヒーリング・アーツでいえば、身体のブロックを解消するとか、意識の光を当てるとか、その同じ原理を、社会に対して行なうようになったんです。

高木 夫のえん罪事件がなければ、社会の病巣なんて、気づきもしなかったですね。

渡邊 「なんでこんなことになってんのか」って思いましたね。
 日本は平和で、先進国の一員で、いい国だという思い込みがあったんです。ところが実際は、そうじゃなかった。表の顔と裏の顔が、全然違っていた。虐げられてる人もいるし、社会システムも正常に機能してるとはいえない。
 最近、知り合いでこういった人がいるんです。
「日本は確かに、道歩いてても襲われることがない。むしろ、諸外国に比べると平和な部分がある。だけど、息苦しい」って。
 僕は、「ああ、そういうことなんだな」って思いました。
 平和だとか、豊かだとかいう言葉に覆い隠されてる、見られてない部分が、社会の息苦しさを生み出してる。そういうことを感じてる人もいるんだな、と。
 つまりこの息苦しさっていうのは、ヒーリング・アーツや龍宮道でいうところの、「息(行き)詰まりを解消する」という現象が、社会に起こってるってことなんですね。
 私たちが無意識に感じてた「息苦しさ」「行き詰まった感じ」というのが、実は社会全体を覆い尽くしてた。一人の人間に起こっていることと、社会に起こっていることとがリンクしてるっていうのを、この裁判を通して感じることが多々ありましたね。

高木 今までやってきたことが、この裁判でも活かされてますね。

渡邊 我々がやってきたのは、裁判のことだけじゃないんです。ヒーリング・アーツや龍宮道の普及というものも、同時進行でやっているわけです。
 個人をいやす原理は、社会をいやす原理にもなり得るってことを、普及活動の中で示していくっていうんですかね。一個の人間だけじゃなく、社会に対しても、同じ原理が充分通用するんですよ、っていうことを言いたいわけです。
 僕は高木先生の裁判が進行中、大阪でヒーリング・アーツ研鑽会をやってました。その時、「この術(わざ)で身体が開きますとか、波紋の足が云々とか、レット・オフはこうですよ」とか、ヒーリング・アーツをメソッドとして教えるだけじゃなく、そのひとつひとつの術が、どういう経緯で、どんなものとして産まれてきたかということを大切にして、そのあたりも詳しくお話ししていたんです。
 先生が裁判を闘って来られる過程で、この術が産まれてきました、とか、裁判と龍宮道というもののつながりを説明しながらやってきました。つまり龍宮道やヒーリング・アーツの術と高木先生の生き様とは、別個のものじゃない。密接につながりあっていることを伝えたかったんです。
 それが、我々(龍宮道活身会)のユニークな活動だと思ってます。

高木 それは関西ならではの指導の仕方ですね。

渡邊 先生の裁判がたまたま大阪地方裁判所で開催されて、我々は先生から直接、お話をうかがうことも多かったですから。
 例えば「レット・オフ」を教える場合、「先生は法廷では何もできませんけど、唯一行なえる<レット・オフ>の作用を通して、法廷で闘っていらっしゃる」といったことをお話ししたりしました。少しでも裁判を身近に感じていただこう、理解していただこうと、そういう意図でやっておりましたから。僕らは、たんに結果や技術としての龍宮道じゃなくて、その道、その術が表われた過程を重んじてやりたいですし、術を通して先生のことや裁判のこと、あるいは社会のことなりを、頭の理解じゃなくて、身体の理会(りかい)を通して、わかっていただきたいな、と思いながらやってます。

高木 そういう意図でやってらっしゃるというのは、本当に素晴らしいですね。

渡邊 今日のお話は、我々と先生の間の話だったわけですが、『インターネット裁判』等を通じて、実際に何も関わってない一般の方々が共感された、っていうことが、ひとつの大きな成果だったと思います。
 我々が主張してること、先生が言われてることは、人類最後の「タブー」に属することで、人が見ないようにする、避けようとするものです。
 そのタブーについて、先生は堂々と信念を主張されてきたわけですが、それに対して共感してくださる方々との出会いっていうのが、これまでずっと続いてるわけで、これがこの裁判のすごさでもあるんです。

高木 確かに、刑事裁判の被告人になってしまったら、もうそれだけで「関わりたくない」っていう人が多いと思います。

 ・・・・・

高木 「日本は息苦しい」っていうお話がありましたけど、最近、路上で歌ったり、楽器を弾いたりするミュージシャンへの取り締まりが厳しくなって、随分減ったって聴きます。

渡邊 ああ、そういえば、僕が勤めている会社でミュージシャン志望の若い男の子が働いていた時、路上ライブをしていると、すぐに警察官がやってきて、どかされる、と言っていました。確かに最近、観(み)なくなりました。

高木 ミュージシャンとか、若い芸術家の卵が自由に自分を表現できる場をどんどん奪ってるってことが、もうすでに「息苦しい」ですね。2年ほど前、夫の裁判で大阪駅に行った時はまだ、元気に路上で歌ったり、ケーナ(南米民族管楽器)を吹いてる素敵なミュージシャンがいましたけど、今はそれもなくなってしまった。

渡邊 そういった表現の自由とか、観えないところで少しずつ、「自由」っていうものが侵されてる、っていうことですね。

高木 雑踏の中や、交通量の多いところで歌ってたって、特に迷惑でもないと思います。聴きたい人は足を止めて聴くだけの話ですから。

渡邊 日本からはどんどん、活気が失われてますね。
 僕は仕事で製造業に関わっています。「日本の製造業はトップレベルで、質がいい」とか言われて、世界からも認められてるようなところがあるんですけど、実際、日本の機械メーカーに依頼してもできないようなことが、アジア系、中華圏の機械メーカーがあっさりやってしまう、という現実があるんですよ。
 日本のメーカーに「こういう仕様で作ってくれ」って頼んでも、「ああ、それはできないよ」って言われるようなことを、台湾などのメーカーであっさりできてしまう、それをうちの会社の幹部が海外視察した時に見てしまってるわけです。
 そういうのを知ってしまうと、日本の製造業が安泰だとか、いいとか、そんなことはもう言えない。下手したらもうとっくに追い越されてる可能性もある。そういう現実もあるわけでして、「日本はいい国だ」などというのは、まったくもって嘘というか、幻想なんです。
 平和だっていうけど、何が「平和」なのか。
 高木先生のご著書、『奇跡の手 ヒーリング・タッチ』(注2)の冒頭にも書かれてますけど、戦争がないことが、イコール平和なのか? 確かに戦争はないですけど、平和じゃないですよね。
 いまだに救われないえん罪被害者がたくさんいるわけですから。行政や司法に泣かされ、若者たちの表現の自由が弾圧されてる。ひとつも「平和」じゃないです。
 つまり日本は「平和」であることを打ち出してますけど、その裏で、どれだけのことが起きてるのか、っていうことですね。皆、知らないといけないですね。今、戦争法案に関して世間の関心が向いてますけど、それだけじゃない。個人レベル・社会レベルで、高木先生を始め、多くの日本人が国家権力と「戦争」していて、弱者が虐げられてる状況が多々あるんです。すでに平和が侵されてる、平和じゃないわけです。そのことをわかってほしいです。
 日本が決して平和なんかじゃない、というひとつの証が、えん罪被害なんだと思います。

〜第1章 完〜

 

注1:「我らは、歓喜と感謝に満たされる!!!」という言葉は、高木一行氏の第一審の間、<運命を拓く>言霊として、高木一行を支える会のメンバー全員で合言葉にしていました。
 詳しくは、以下のページをご参照ください。
『インターネット裁判 第19章 運命を拓く』
 http://dragons-shrine.s2.weblife.me/live_drama_art/pg238.html

注2:高木一行著『奇跡の手 ヒーリング・タッチ』。プロの療術家やエステティシャンなどの間で、密かに人気の本。
 https://mayaka.stores.jp/items/548d48763bcba91eda000e7b