刑務所より愛を込めて No.8


文/高木一行
〜2016年6月21日〜


愛する美佳

 相も変わらぬ日々を、ここ広島拘置所で送り迎えしつつある。が、精神と身体の両面における心境は著しい。
 毎日毎日、ただじっと座ってひたすら紙袋を作り続けるだけの奴隷的で無味乾燥な生活の中から、弾け、溢れこぼれるが如き真健康の壮快と、宇宙の真理に直通する透徹したヴィジョンとを汲み上げることができるものなのか・・・・。
 私自身が現在(いま)、刻々に体験しつつある事実に基づき、力強く断言する。「然り。できる!」と。

 動きそのものを禊祓う新修法により、軽く踏み出した一歩が旧来の1.5~2倍の距離を踏まえるようになった。あるいはレット・オフの大衆化など、出所後の内的・外的活動に関するアイディア、プランが、とどまるところを知らず湧きあふれてくるが、例によってすべてを敝履(へいり)の如く捨ててしまう。

 拘置所で長く生活していると、いろんな情報を小耳にはさむ機会も多くなるが、中にはとても信じられないような話もある。
 たとえば、現在別の区画に勾留されながら裁判を受けている某氏は、検察の論告求刑も終わってないというのに、すでに有罪が内定しており、受刑者用の称呼番号も決まっているというのだ(その書類を偶然目にした人がいて、称呼番号もわかっている)。
 有罪推定どころか、有罪確定の裁判・・・。もし事実としたら大変なことだ。

 以上は、もちろん現時点ではたんなる噂の域を出ない。真偽のわからぬ噂話について、これ以上あれこれ詮索することは避けるが、とはいえ、裁判所と検察のあからさまな癒着、腐敗の現実を見せつけられてきた我々からすれば、決してあり得ない話とも思えぬ。

2016.06.21       
愛を込めて
一行