刑務所より愛を込めて No.20


文/高木一行
〜2017年8月6日〜


愛する美佳へ

 山口刑務所へ来て1年以上が過ぎた。今年の夏は例年にない異常な猛暑とのことで、受刑者も職員も皆、ぐったりしている。龍宮道のおかげで、私は元気だ。
 理不尽な冤罪によって送り込まれた刑務所で、懲役という名の強制労働に服す合間合間を縫いながら、『善悪の彼岸』(ニーチェ)や『利己的な遺伝子』(ドーキンス)などを改めてひもとくというのは、異次元的といってよいほど非日常的な、得がたき経験といえよう。意識や生命の本質に関する洞察を深めるべく、プラトンからT.ノーレットランダーシュ、さらにはエイドリアン・ベンジャミン(コンストラクタル法則)まで、広く浅く読みふけったが、結局のところ2500年前に老荘が唱えた自生自化の一語へと舞い戻ってくるのだった。
「死生を以(もっ)て一条と為(な)し、可不可を以て一貫と為す」・・・・生と死をも超えるほどに差別・対立を超克してゆき、万物斉同の視界を無限大に拓くならば、世間的な善悪の価値づけなど何の問題にもならない。

 翻(ひるがえ)って想う。龍宮道とは何ぞや、と。
 意識に関する最新の科学的知見を渉猟する際、「ネッカー・キューブ」への論及をしばしば目にしたのだが、ふと思いついて龍宮道の基本原理たるレット・オフ(内破法)を使ってみたところ、瞬時・任意にキューブの観え方を変えられるとわかった。ヒーリング・バランス(鏡のわざ)を使えば、2つの観え方を同時に観ることさえできる。それは通常、不可能なこととされているので、同時という言い方は、あるいは不適切かもしれない。交互に観えているのだが、振動するように高速で切り換わるため、両方が同時に観えているように感じられる。・・・・のだが、相違なる観え方が同時に存在するというのは、異界へと通ずる窓をのぞき込むような、奇妙かつ異質な体験ではある。
 かくの如き諸原理に基づき、心身に秘められた可能性を内的に探求する龍宮道は、いかなる方向性を志向するのか?
 新しい生き方をもたらす創造的なエネルギーを解き放つこと。
 ものごとの原点と触れ合うような経験を重ねることで、生の質そのものを向上させてゆく。
 即ち龍宮道とは、新しい価値、新しい文化の創造にほかならない。

 海の深みは、龍宮道におけるいわば「神の世界」とも呼ぶべき聖域だ。ブルーエスト・ブルー・イン・ブルー(青の青の青)。地球上のあらゆる青を寄せ集めたかの如き、静謐なる青のエッセンスに満たされし神秘の場。
 何もない空間としてのディープ・ウォーターこそ、「龍宮」に他ならないことがわかった瞬間、龍宮道の本質と構造が、壮大なマンダラ的ヴィジョンとなって、一気に私の内面で展開し始めた。
 面白いもので、出所後直ちに訪ねるべき龍宮巡礼の地までが啓示的に示されたのだが、生と死が触れ合わんばかりに近づく青の深淵にて、私はあるいは神と出会うことになるのかもしれない。
 龍宮道の価値観は、現今の社会制度内で力を振るい、多大な利益を得ている既得権益者らにとっては、はなはだ不都合で不愉快なものであるに違いない。濁り曇ったその目(まなこ)には、龍宮道は直線的進歩に背を向ける退廃・怠惰の教えと映りもしよう。
 龍宮道のメッセージは、とてもシンプルだ。
 ギリギリきつく巻き上げ過ぎた心と体のネジを適切なレベルまでワインド・ダウンし、無理な背伸びをやめて、身の丈の裡(うち)に自分自身のすべてを収めなさい。すると、途方もなく楽で、自由になる。
 活き活きしたエネルギーの高揚と、ゆったり安らかな休息とをリズミカルに交々(こもごも)味わう、真に人間的な暮らしを取り戻しなさい。それはあなた方の権利であると共に、あなた方の義務なのだ。
 あなた方は、幸せになるためにこの世に生まれてきたのだから。

 2017.08.06        

  全人類へ・・・・愛を込めて
 一行